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宇都宮地方裁判所 昭和47年(ワ)196号 判決 1973年5月28日

主文

被告らは連帯して原告田代惣一に対し金一七五万九、三五二円およびこれに対する昭和四七年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員、原告田代マツに対し金一六七万五、六五一円およびこれに対する前記の日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告ら、その三を被告らの各連帯負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一申立

原告は、「被告らは連帯して原告田代惣一に対し金六三二万七、三〇九円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員を、被告田代マツに対し金六〇〇万八、七〇九円およびこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告らは請求棄却の判決を求めた。

第二原告らの主張

一  原告らは請求原因として次のとおり述べ、被告らの過失相殺の主張を否認した。

(一)  訴外田代弘は原告ら夫婦の二男である。

(二)  同人は昭和四六年一一月五日午後六時四〇分ごろ栃木県那須郡南那須町大字鴻野山三〇一番地の四先県道上で被告浅井敏夫の運転する、被告関東交通株式会社所有の事業用普通貨物自動車に衝突され、翌六日午前一時五〇分ごろ同県塩谷郡高根沢町所在菅又病院において頭部打撲による脳挫創のため死亡した。

(三)  右事故は被告浅井の過失により発生したものである。

訴外弘は同日宇都宮市から東野バス(東野交通株式会社)に乗車して帰宅の途につき、国鉄烏山線鴻野山駅前バス停留所で下車し、停車中の右バスの後方を迂回して道路を横断しようとしたところ、反対方向から右自動車を運転して時速約四〇キロメートルで本件現場にさしかかつた被告浅井が、前記停留所に停車して乗降客取扱中の右バスの側方を通過するにあたつて、このような場合自動車運転者は当然予見されるバスの前方または後方からあらわれて被告浅井の進路前方において道路を横断しようとする降車客に備えて警音器を鳴らし、およびこれらの者の発見に努め、発見したときはただちに急停車してこれとの接触を回避しうるよう減速徐行して進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然従前の速度で右バスの側方を通過したため、前記弘に自車を衝突させたものである。

(四)  ゆえに被告浅井は民法七〇九条により右事故に起因して訴外弘および原告らに生じた損害を賠償する義務があり、被告関東交通株式会社は前記加害車を所有し、かつ、これを自己のため運行の用に供している者であるから、自動車損害賠償保障法三条により同じく前記損害を賠償する義務がある。

(五)  右事故による訴外田代弘および原告らの損害は次のとおりである。

1 訴外田代弘の逸失利益 一、二七〇万二、六〇四円

明細は別表のとおり

2 原告らの慰藉料 合計四〇〇万円

訴外弘は中学校在学中から水泳選手として活躍して各種競技で表彰を受け、高等学校に進んでからも一年生ながらすでに県大会、国体に出場するなどして同人に対する原告らの期待は大きかつた。また原告田代惣一は弘が成人した後は、同原告の富国生命宇都宮支社氏家支部長の職を弘に譲るつもりであつたが、この期待も空しく消え去つた。ゆえに原告らに対する各慰藉料はそれぞれ二〇〇万円が相当である。

3 葬儀費 三一万八、六〇〇円

原告田代惣一は弘の葬儀費として三一万八、六〇〇円を支出し、同額の損害を受けた。

(六)  原告らは前記弘死亡の日相続により同人の右事故による前記(五)の1の逸失利益の賠償請求権を各二分の一ずつ承継取得した。

原告らは、原告らの前記債権につき、合わせて強制保険から四五〇万円、被告会社から任意五〇万円、合計五〇〇万円の弁済を受けたので、これらを右損害額の一部に充当したうえ、その残額につき原告田代惣一は六一六万九、九〇二円、原告田代マツは五八五万一、三〇二円、およびこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年五月一二日から各完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

第三被告らの主張

一  答弁

(一)  昭和四六年一一月五日午後六時四〇分ごろ原告ら主張の場所で訴外田代弘が被告浅井敏夫の運転する普通貨物自動車に衝突、負傷し、翌六日死亡したこと、右事故現場の状況が原告ら主張のとおりであること、同人が原告ら夫婦の二男であり、右自動車は被告関東交通株式会社が所有しかつ自己のため運行の用に供しているものであること、原告らが右事故による損害賠償としてすでに五〇〇万円を受領したことは認めるが、その他の原告主張事実は否認する。

本件事故は訴外田代弘の過失により発生した。

すなわち、被告浅井は、本件事故現場でバスが停車して乗降客を取扱中であるのを見て、自車の速度を時速三〇キロメートルに減じて進行を続け、右バスの側方のその車体の中央部分あたりまで達したとき、突然訴外弘が同バスの後方から走り出てきたので、同被告は急ブレーキをかけたが、間に合わず、本件事故となつたものである。その際、同被告が警音器を鳴らさなかつたのは、道路交通法によれば、このような場合はこれを鳴らすことが許されないからであり、もともと本件事故現場はガードレールが設けられ、バス停車中はこれを越えての道路横断は禁じられている。

(二)  原告らの損害額の主張は過大である。

訴外弘の逸失利益は、仮に月収を三万六、〇〇〇円と見積つても、生活費の半額を控除した残額一万五、三〇〇円の一年分二二万〇、〇四三円により、同人が一八才から六五才に達するまでの逸失利益の現価を計算すれば、四〇四万円となるにすぎない。

また慰藉料は二五〇万円、葬式費用は一五万円が相当である。

二  抗弁

前記のような本件事故経過からすると、訴外田代弘の過失は明白で、同人と被告浅井との過失割合は右訴外人が九割、被告浅井が一割である。よつて被告らは原告らが本件事故の損害賠償としてすでに五〇〇万円の支払を受けたことにより、被告らにおいてさらに賠償すべきものはない。

第四証拠〔略〕

理由

一  昭和四六年一一月五日午後六時四〇分ごろ原告ら主張の場所で被告浅井敏夫が運転する被告関東交通株式会社の所有しかつ同会社のため運行の用に供する普通貨物自動車に衝突したため負傷し、翌六日死亡したこと、右事故現場が原告ら主張のような状況であることは当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によると、右事故の発生経過および状況は次のとおりと認められる。

訴外田代弘は昭和四六年一一月五日午後六時四〇分ごろ宇都宮市から那須町の原告ら宅に帰るため、本件事故現場わきのバス停留所でバスを降り、停車中の右バスの後方を廻つて道路を横断しようとした。同人が右バスの車体にそうてその後方をまわり、約六・七メートル幅の右道路の半ば近くを歩いて、右バスの蔭からその対向車線上に進んだとき、左方から進行してきた前記被告浅井の運転車に衝突した。これよりさき同被告は約一〇〇メートル前方の道路右側の前記バス停留所に停車中の右バスを認めたが、減速・徐行はせず、時速約四〇キロメートルの速度のままで右バスの左側を通過しようとしてその前部付近まで達したところ、その後方から同被告車に気づかない弘が被告車の進路直前に出てきたため、同被告はただちに急ブレーキをかけたが、間に合わず、前記衝突を起した。

以上のとおり認められる。

被告らは、本件事故現場には歩車道を隔てるガードレールがあるかのように主張するが、〔証拠略〕によれば、それはないことが認められる。

このような場合、訴外弘としては、右バスの後方から道路を横断しようとする以上、左方から右道路を進行してくる車両の運転者には弘の姿は右バスの車体にさえぎられてその視界に入らないから、あらかじめ慎重に左方の安全を確認したうえで横断を開始すべきであつて、これを怠つた訴外弘の過失は軽くない。

しかし他方、被告浅井としても、〔証拠略〕によれば本件現場のバス停留所付近の道路は幅員狭く、かつ前記バスの停車した側は国鉄線路に接して人家はなく、この側に停車したバスの降車客はただちに道路を横断して反対側におもむくことが予想されうる状況であり、なお被告浅井本人尋問の結果によれば、同被告はしばしば本件事故現場を通行して右状況を知悉していた者であるから、右バスの側方を通過するにあたつてはその後方からも道路を横断しようとする降車客のあることを考慮に入れ、そのような降車客がバスの蔭から突然進路前方に現われても、ただちに急停車しうるよう減速徐行するか、または少なくとも道路交通法五四条二項によつて警音器を鳴らして自車の通過を警告する義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失があり、本件事故は訴外弘および被告浅井の右各過失が競合して生じたというべきである。

ゆえに被告浅井の右過失に基き、同被告は民法七〇九条により、被告会社は自動車損害賠償保障法三条により、連帯して原告らおよび訴外弘に対し本件事故による同人らの損害を賠償する義務がある。

三  右事故により訴外弘および原告らの受けた損害は次のとおりである。

(一)  訴外弘の逸失利益 一、二七〇万二、六〇四円

厚生省編簡易生命表によれば、少なくとも訴外弘は右事故にあわなければ、一八才から六五才まで生存、就労し得るものと認めてよく、〔証拠略〕によれば、その間得べかりし給与は別表記載の年令別平均一月間決つて得る給与額、平均一年間決つて得る特別給与額のとおりで、これより生活費を差引いた年令別の年間逸失利益、年利五分により計算した各逸失利益の現価の小計総計は別表該当欄記載のとおりである。

(二)  慰藉料 合計四〇〇万円

〔証拠略〕によると、弘は当時満一六才の高校生でその将来への原告らの期待は大きく、本件事故から受けた精神的打撃は察するに余りがあるから、原告らが受くべき慰藉料は各二〇〇万円ずつと認めるのが相当である。

(三)  葬儀費 一五万八、七〇三円

〔証拠略〕によれば、同原告は弘の葬儀費として

1  写真代(金山写真館払い) 四、五〇〇円

2  酒食料品代(塩野酒店払い) 三三、八八〇円

3  葬具一式(須藤葬具店払い) 六八、〇〇〇円

4  仕出し代(魚武商店払い) 一〇、四五八円

5  葬具雑品代(河内屋商店等払い) 一一、六六五円

6  手伝い賃(阿久津ハツエ払い) 二四、〇〇〇円(八人分)

7  電報代 九〇〇円

8  会葬礼状印刷代(赤羽印刷所払い) 五、三〇〇円

合計一五八、七〇三円

を支出し、同額の損害を受けたことが認められる。前記甲号証記載のその他の費目については右記載からしては訴外弘の葬儀費に関係があることをうかがい得ず、他にこれを肯定しうる証拠がない。

四  原告ら両名が訴外弘の相続人として前記昭和四六年一一月六日各二分の一の割合によりその法律上の地位を承継したことは〔証拠略〕により明白である。

そうすると原告ら両名は相続により訴外弘の前記(一)の逸失利益の各二分の一である、六三五万一、三〇二円ずつの賠償請求権を承継取得したものというべきである。

ゆえに原告田代惣一は以上合計八五一万八、七〇三円、同田代マツは八三五万一、三〇二円の各損害賠償請求権を有するものといわねばならない。

五  被告らの過失相殺の抗弁について考えるに、前記本件事故原因によれば、訴外弘の過失は五割と見るのが相当であるから、これにより原告らの固有の損害を含む前示損害のすべてにつきその賠償額を減額すれば、原告田代惣一は四二五万九、三五二円(円未満四捨五入)、原告田代マツは四一七万五、六五一円の各請求権を有する。

原告らが合計五〇〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、これを各二五〇万円ずつ右各請求権に弁済充当すれば、原告田代惣一は連帯して被告らに対し残額一七五万九、三五二円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四七年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員の支払、原告田代マツは同じく一六七万五、六五一円およびこれに対する前記の日からの前記割合による遅延損害金を請求し得るものというべきである。

よつて原告らの本訴請求は右認定の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢)

別表

<省略>

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